馬車道商店街協同組合

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第1回馬車道まつりの様子  1956年(昭和31年)、国鉄根岸線の大船方面への延伸計画が再開し、1959年(昭和34年)から工事が始まりました。同年4月、馬車道通商店街協同組合は関内商店街協同組合と改称します。さらに翌年の1960年(昭和35年)3月4日には「馬車道通サービス会」が発足しました。

 馬車道通サービス会では、サービス券の発行や、観劇・温泉招待といった企画を行うほか、現在も使われているBSマークを制作しました。現在も馬車道のあちこちで見かけるこのマークには、実は60年近い歴史があったのです。
 BSマークは2003年(平成15年)に商標登録し、これからも馬車道のシンボルとして街を彩ります。

 昭和30年代に入ると、横浜駅周辺の開発が始まり、地域にも大きな変化が生まれました。当時の横浜駅は、東口にバスロータリーはあるものの、西口は資材置き場などに使われていました。1956年(昭和31年)、横浜駅西口に横浜駅名品街と高島屋ストアが開業したことをきっかけに、デパートが集まりました。昭和40年代には東口の再開発も進み、横浜駅周辺は繁華街として急成長していく一方、旧来の中心地だった関内・関外地区は活気を失いつつありました。こういった状況のなかで、馬車道では歴史と個性を生かしたまちづくりを展開させたのです。

 このころ、県立博物館を作る計画が立ち上がりました。その候補地として白羽の矢が立ったのが、馬車道の東京銀行横浜支店(旧横浜正金銀行本店本館)です。商店街でもその実現に向けた取り組みとして、街灯とアーチを設置しました。

 県立博物館の開館に向けた準備が本格化し、改修にあたって東京銀行横浜支店のシンボルである高さ19メートルのドームが復元されました。1967年(昭和42年)3月20日に、神奈川県立博物館が開館しました。
 このように、高度経済成長期の馬車道は、まちの歴史と文化を大切にしたまちづくりを行ってきたのです。

 1974年(昭和49年)、関内商店街協同組合は馬車道商店街協同組合に再度改称し、翌年4月には「馬車道商店街まちづくり協定書」が締結されました。その後、1976年(昭和51年)9月4日に横浜市営地下鉄(横浜~上大岡間)が開通し、関内駅が開業します。
 そして同年11月2日から7日にかけて、再開発第1期工事の完成を記念して、第1回「馬車道まつり」が行われました。オープニングセレモニーでは横浜市長や神奈川県知事らが文明開化の雰囲気を漂わせる装いで馬車に乗り、馬車道の再出発を印象づけました。

 1988年(昭和63年)には川崎銀行横浜支店(現・損保ジャパン横浜馬車道ビル)が横浜市の認定歴史的建造物第1号に指定され、翌年に復元されました。
 この時期から、「馬車道を描く日曜画家展」と「馬車道写真コンクール」が開催されるようになりました。1986年(昭和61年)には馬車道再開発10周年を記念して、10月30日から11月3日にかけて第2回「馬車道まつり」が開催されました。以来、馬車道まつりは毎年恒例の行事として実施され、現在に至っています。

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