馬車道商店街協同組合

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占領期の街並み(横浜市資料室)  馬車道には貿易港横浜を支える金融業・保険業・回漕業が集まり、やがてビジネス街としての一面も持つようになります。 そのなかでも、日本と世界をつなぐ役割を果たしたのが横浜正金銀行です。横浜正金銀行は外国貿易の決済業務や外国為替業務を専門に扱う銀行として1880年(明治13年)に開業しました。1904年(明治37年)7月に本店本館(現在の神奈川県立歴史博物館)を竣工しました。

 信濃屋、平安堂薬局、和菓子松むらなど、現在も馬車道で営業を続ける老舗の多くが、幕末~大正時代にかけて創業しています。1937年(昭和12年)に横浜商工会議所が行った調査によれば、当時、馬車道で営業していた76店舗のうち4割近くにあたる29店舗が、明治時代もしくはそれ以前に開業しています。

 1904年(明治37年)には、横浜電気鉄道(のちの市電)が開業し、翌1905年(明治38年)には馬車道の交差点に路面電車の停留所が設置されました。路面電車は市民の新たな交通手段となり、馬車道はさらににぎわうようになります。

 1912年(明治45年)5月23日には、渡辺銀行が開業しました。創業者の渡辺福三郎は横浜商人の代表格のひとりであり、石炭や海産物、生糸を取り扱っていました。さらに、1920年(大正9年)年12月に、横浜興信銀行(現・横浜銀行)が開業し、商業・経済のまちとしても、馬車道はさらに活気づいていきます。

 鉄道や路面電車などの陸上交通が充実するとともに、港湾施設の整備も進められました。1899年(明治32年)~1917年(大正6年)にかけて行われた工事では、新港埠頭が竣工しました。海に突き出た新港埠頭と陸とを結ぶのが、1905年(明治38年)12月に完成した万国橋です。
 関内と海外をつなぐ万国橋と、関内と関外をつなぐ吉田橋。この2つの橋を結ぶのが馬車道であり、商店街として発展していったのです。

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